白金ディスコアコースティックカバーについて


ラップトップにデジタル録音する為の機械、オーディオインターフェースという謎に包まれた物をUSBで接続。そこにマイクを1本繋げて、オーヴァーダビングしていく。このやり方が現在の私にはしっくり来るようである。

まずはギターを録った。クリックは使わない。次にタンバリンを録音した。このタンバリンは甥が海で拾ってきたという代物。本当に拾ってきたのだろうか?そこに置いてあっただけではないだろうかという疑念は晴れない。タンバリン盗難事件が勃発していたら私の甥は有力な犯人候補となる。こんなこと言うのも非常に心苦しいのだが、もし被害者が居るなら言いたい。プラスチック製のタンバリンは手が腫れるので止めたほうがいい。

ボーカルの録音はギターのテンポが一定ではないので少し探りながら録音した。この時すでに大部分の気力を失っていたことを記憶している。音楽を作るのは意外と消耗するのだ。いや本当に。ここで一度休憩すればよかったと冷静でお腹が空いていない今なら思う。ラップトップのバッテリーがまだ40%ほど残っていたので先へと進んだ。結局最後まで録音できずに後日に持ち越すのは明白だから、後日気力を養ってからやればよかったのだ。

コーラス部分を録っているときに何かスイッチが入っていろいろやりたくなった。結果的にトラック数は25くらいまで膨れ上がった。思いついたもの全て録ったし、その全てを使用している。

トラック数が多くなるにつれて、MIXの作業量は増えるが、やる事は変わらない。ただ録った音の形を調整して嵌めていく。テトリスみたいに。現在主流となっている音を排出する装置はステレオスピーカー、モノラルスピーカー、ステレオイヤホン、ステレオヘッドンなどがあるが、多分どれで聞いてもそんなに酷くならないように心がけてMIXしている。もしまともに聞こえない音なんかが有ったらそれはあなたのスピーカーが悪いのではなく、私の理論と技術に綻びがあると考えるのが妥当なので安心して欲しい。MIXしているときに何でこんなに世の中には音を聴く装置があるんだよと怒りを感じるが、もしヘッドホンが世の中から消滅したら一番最初に怒り出すのが私自身であるだろうから世の中はいいバランスで進んでいるのかもしれない。

人間が喜びを見出す部分にはある程度苦しみが含まれているように思う。人が何か夢中になるものにはそういうものが必要なのかもしれない。マラソンとか私から見たら9.8割苦しみにしか見えない。ゴールしたあと倒れてるし。でも走ている人を見て可哀想にとは思わない。あの人たちは何かしらの喜びを見出しているように思える。そもそも自発的に走っている訳だし。私が音楽を作る理由もあれに似ているのかもしれない。まぁ私の場合苦しみはせいぜい3割程度でお願いしたい。

今回もそれなりに苦しんだし、喜びも見出した。結果はそういうことなんで、まぁ、ひとつよろしくお願いします。

白金ディスコのアコースティックカバー